「花崗岩が地表に露出するまでの時間はどのくらいか」
という問題について考えます。
具体的には、いまわかっている地表侵食の速度と、花崗岩の貫入・固結深度のデータから、 500万年程度で花崗岩が地表に露出することがあり得るか、という検証をします。
まず、花崗岩の固結深度(生成深度ではない)ですが、花崗岩そのものには圧力指標となる鉱物がないのですが、 花崗岩が貫入することで周囲にできる、接触変成岩の変成条件から、ある程度制約をつけることができます。
高校の教科書によく出てくる、Al2SiO5の組成を持つ、紅柱石−藍晶石−珪線石の多形を利用すると、 この3相の3重点が500度、4000気圧くらいです。花崗岩にともなう接触変成岩は、紅柱石−珪線石タイプですから、 4000気圧に相当する深さよりも浅いところで、花崗岩と周囲の岩石が接していたことになります。 密度を2.7g/cm3とすれば、4000気圧というのは深さ約15kmに相当します。
実際には、4000気圧でも低温時には藍晶石が出てしまう可能性があり、 接触変成岩に藍晶石の仮像や残晶がまずみられないことを考えると、これよりも浅くなくてはならず、 10kmあるいはそれより浅いところと考えるべきでしょう。
さらに、現在露出している花崗岩と周囲の接触変成岩は、すでに花崗岩体の頂部が露出し、 侵食された後の状態を見ているわけですので、花崗岩体の頂部はこれよりもっと浅いところ、 5km内外で考えてもよいと思います。(現在の花崗岩体の露出半径が約5kmとして、 仮に花崗岩体上部が球形をしていると仮定すれば、侵食された花崗岩体の頂部は5km上方にあったということになります。)
=====
花崗岩は岩石としての密度が他のほとんどの深成岩、変成岩よりも小さいので、
地殻上部に移動しやすいのです。さらに、マグマの段階ではさらに密度が低く、
流動性があり、その高温により周囲の岩石の可塑性を高めるので、上昇が促進されます。
上昇を止める要因は、地殻上部では周囲の岩石が低温であるため、マグマそのものの固結が進行すること、
周囲の岩石も可塑性を失うことと、岩石の密度が低下することなどが考えられます。マグマ内外の水の挙動も重要だと思われますが、
ここでは扱いません。
=====
では、500万年で5kmの侵食が可能かどうかを考えます。
第四紀に入ってから、日本の山地は全体として隆起傾向にあります。 水準測量でも確かめられていますが、変位速度の大きい赤石山地で4mm/year、 その他広い領域で1mm/yearの速度で隆起しています。これは第四紀を通算してもほぼ同じ (0.5-1mm/year)です。
1mm/yearの隆起速度が500万年継続すれば、5kmの侵食を起こすことが可能だという計算になります。
これが現実的な値かどうか、検証してみましょう。日本列島は3.7x105km2
の面積がありますので、この半分、2x105km2(20万平方キロメートル)の領域が、
1mm/yearの速度で隆起し、その分だけ侵食されたとします。そうすると、侵食される地殻物質は0.2km3/year
という値になります。これは、#11040で求めた、地球全体の侵食量10km3/yearの2%になります。
面積比で見れば2%というのはかなり大きい値ですが、隆起・侵食は変動帯に集中しているので、それほど無茶な値ではありません。
ヒマラヤ山脈の隆起は1000万年前から始まったとされていますが、
現在の高度が9000m近くに達するところがありますので、
これも隆起速度はおよそ1mm/yearに相当することになります。
(ヒマラヤでは、まだ花崗岩は露出していませんが。)
というわけで、日本のような変動帯では、花崗岩が露出するのに500万年という時間は、可能な値であることになります。
問題は、なぜ変動帯では隆起が継続するか、というところにあります。数kmもの隆起の継続と、 花崗岩の生成とがセットで起こらないと、花崗岩の生成年代と露出年代の差が数百万年という状況は実現しないわけです。
花崗岩の密度が低いから、花崗岩自体が隆起を引き起こすのだ、という解釈も可能ですし、 少なくとも部分的には正しい。また、古い時代の地殻表面の大半が花崗岩質岩石で覆われているのも、 本質的にはそういうことだと思います。
ですが、もうひとつ、花崗岩がどのような場所で、どのようなメカニズムでつくられるか、 という問題があります。これは、すべての花崗岩について完全に解決されているわけではないのですが、 主要なものだけ挙げると以下になります。
1)沈み込み帯での、マントルからの玄武岩質マグマ供給による下部地殻の融解
2)沈み込んだ若い海洋地殻の部分融解
3)大陸衝突あるいは沈み込み帯で、沈み込んだ堆積物の融解
こうしてみると、花崗岩の形成はプレートの収束境界で起こることが多い
…おそらくほとんどである…ということがわかります。
収束境界(変動帯)では、基本的に圧縮場ですので、地殻が厚くなる傾向があります。
大陸どうしの衝突があれば、大陸地殻の2枚重ねができたり、その間に堆積した物質が挟み込まれることで、
地殻は非常に厚くなります。また、マグマの供給があれば、その場所で大陸地殻は太り、やはり厚くなります。
つまり、花崗岩ができることと、地殻が厚くなることには密接な関係があります。
大陸地殻は前に述べたようにマントルに”浮いた”存在ですから、その厚みが増加すると、
海面から顔を出す高さも増加する、すなわち隆起することになります。
(水に浮かべた氷の、水面からの高さを二倍にするには、氷を2個縦に重ねる、
というのと同じしくみです。)
以上をまとめると、花崗岩はその多くが大陸地殻が厚くなる場で作られ、 大陸地殻が厚くなる場所ではアイソスタシーを保つために表面が隆起する。隆起する限り、 表面の侵食が進行し、そのために花崗岩が比較的短い時間で地表に露出する、 ということです。
2000.8.4 萩谷 宏