砂−2000.5


砂粒から日本の海岸を見る

 地表にはさまざまな色の砂がある。色が違う原因は砂を構成する粒子にある。一見冴えない色をした砂でも、すくってルーペで拡大してみると、その粒子の多様性に圧倒される。砂粒のひとつひとつが膨大な情報を秘めている。

 砂をつくる粒子は、基本的には、岩石が砕かれてできたさまざまな造岩鉱物や岩石の破片である。主なものは、石英や長石、輝石、角閃石などの鉱物や、火山岩、軽石、スコリアなど火山噴出物の破片、変成岩やチャート、頁岩などの岩石片である。これらは河川の上流域や海岸侵食によって砂を供給する領域、すなわち後背地の地質を反映しているのである。

 岩石をつくる鉱物のほとんどは、長期間の風化を受けると、その化学組成のなかで水に溶けだしやすい成分が失われ(溶脱され)、分解されてしまう。この溶脱反応は、湿潤で気温が高いほど急速に進行する。

 岩石をつくる鉱物のうち、長石類、雲母類、および角閃石類などの有色鉱物は、化学風化過程で陽イオンが溶脱され、粘土鉱物に変化していく。しかし石英はほとんど溶脱による変化を受けないので、化学的風化が進行するにつれて、砂として残る粒子に石英の割合が高くなっていく。

 現在の日本のように、温帯で、傾斜の急な河川が分布する地域(変動帯)では、溶脱と粘土鉱物形成による砂の成熟が進まず、もとの岩石の化学組成に近い砂ができる。結果として、構成粒子の中で石英の割合があまり上がらない傾向がある。しかし、熱帯や亜熱帯にある大陸の平坦な地形では、この成熟が非常によく進行し、石英の割合の高い砂がつくられやすい。

多様性に富む日本の砂

 日本の砂浜は、地域によって変化に富んでいる。火山や地震に表される、変動の激しい土地ゆえの地質の複雑さと、地形の複雑さのために、小さな川の河口や岬ひとつを隔てると、まったく見かけの異なる砂が現れることも多い。

 日本の中でも、阿武隈山地や中国山地などは花崗岩の露出する割合が高く、これらの地域を後背地とする砂は、花崗岩が風化してできた石英や長石類の比率の高い砂になっている。

 一方、火山地域でありプレート境界にも近い伊豆地方や相模湾の砂は、火山岩片や変成岩片、堆積岩片を多く含み、風化に弱い有色鉱物の割合が高いことなど、安定した大陸地域には見られない、変動帯特有の粒子構成をもっている。

 かんらん石や輝石は火山岩の斑晶鉱物として現れることが多いが、これらは風化作用に対して弱く、長期間にわたる風化を受けると分解されてしまう。かんらん石や輝石がたくさん含まれる砂は、火山噴出物の供給が多く、その移動の激しい場であることを示している。

 岩石片の多い砂も、火山活動が活発な地域の特徴である。火山地域では、スコリアや軽石の破片など、細粒の火山噴出物がそのまま砂の粒子として供給される場合もあり、それらが風化して粘土鉱物ができる前に、急傾斜ゆえに短時間で砂が運び込まれることを示している。

 沈み込み帯では、一般に岩石片の割合が多くなる。海底に堆積した堆積岩が付加体を形成して地表に露出し、砂の材料となる場合は、頁岩やチャートなどきわめて微細な鉱物の集合体が砂の材料になり、それらは岩石片としてしか認識できないことが多い。また、細粒の鉱物の集合体である変成岩が地表に露出し、それが侵食を受けて砂の材料になることもある。

 さらに海岸の砂では、貝殻やウニのとげ、サンゴの破片のような、生物起源の粒子がさまざまな割合で加わる。南西諸島の珊瑚礁の海では、炭酸カルシウムの殻や骨格をもつ、さまざまな造礁生物の遺骸が砂の構成粒子となり、石灰質の白い砂浜を形成している。

砂が語るもの

 地球上の砂の中でも、日本の砂にはとりわけいろいろな顔がある。花崗岩に由来する白い砂や、火山地域特有の黒い砂、あるいはサンゴ礁の石灰質の砂があり、それらの中にも、粒子をくわしく見ると微妙な違いが見いだされる。

 砂の粒子は地層をつくり、それが付加体を形成して陸上に露出することで、ふたたび侵食を受けて砂として運ばれ、堆積する場合もある。このような循環をくり返すのも変動帯特有の現象である。

 岩石が化学的風化を受けると、砂や粘土鉱物を形成する一方、溶脱成分として各種の陽イオン(ミネラル)を地下水や河川水に供給する。動植物に必須なNa、Mg、K、Caなどの元素は、岩石中に含まれていたものが、砂をつくる過程で溶出しているのであり、それが陸上の生態系を底辺で支えているのである。

 砂はその土地特有のものである、砂をつくる粒子には、それぞれがたどってきた歴史があり、そこにある理由がある。

 日本の自然を語るときには、動植物だけに目がいきがちであるが、砂もまた日本の風土でつくられ、その地質・地形の複雑さを反映して変化に富んだ存在である。砂もまた地質学的な時間スケールでは生き物なのである。


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2000.5.2/5.13 H.Hagiya