地球惑星合同学会98


表層酸素の大量消費者としての縞状鉄鉱と上部マントル

−沈み込む縞状鉄鉱による酸素除去の可能性

萩谷 宏

 約38億年前〜20億年前の、当時の海洋地殻表層を代表すると考えられる地層 は、38億年前のイスアのものをはじめとして、ほぼ例外なく縞状鉄鉱層を伴っ ている。これら我々が観察することのできる縞状鉄鉱層は、当時の大陸地殻に 挟まれて現在まで残存している幸運なごく一部であり、ほとんどの海洋地殻は 縞状鉄鉱を載せたままマントル内にリサイクルされただろう。

 マントル内に沈み込んだ縞状鉄鉱は、有機炭素のような有効な還元剤が同じ 場に充分に存在しなければ、鉄イオンに結びついた酸素を放出することはない と考えられる。地質の証拠からは縞状鉄鉱と有機炭素は主に別の場に堆積して おり、おそらく有機炭素の大半は表層に残る。従って、マントル内に沈み込む 縞状鉄鉱のほとんどが、酸素のcarrierとして機能し、表層の酸素の除去とマン トルの酸化に寄与することになる。その酸素の量は、グリーンストン帯に残さ れたものから推定すると、1016〜1017kg/Myに達する可能性があり、上部マン トル(1023kg)やマントル全体からすればわずかな量ではあるが、 大気(6×1018kg/atm)や表層環境を考える上では無視できない。

(これまで、縞状鉄鉱の生産は、地上に残っているものだけで推定・計算され ていた。つまり、表層は鉄や酸素に関してほぼ閉鎖系として扱われていた。し かし実際には閉鎖系の仮定は無理で、このように沈み込んで除去される分を考 慮に入れると、酸化鉄の生産量は2桁程度多くなる。この見積もりがオリジナ ル。)

 古い海洋地殻が3価の鉄とともに沈み込む一方で、海嶺系では熱水活動によ り2価の鉄イオンが持ち出され、同時に陸上の岩石の風化によっても2価の鉄 イオンが海洋に運び込まれる。この鉄イオンの供給と、光合成生物などによる 酸素生産とのつり合いが保たれることで、38億年前から22億年前までの約15億 年にわたって、縞状鉄鉱の形成が安定して持続していたと考えられる。

(つまり、38億年前からかなりの量の酸素が生産されなくてはいけない。無機 的な光分解で生産するには量的に難しく、酸素放出型の光合成が地球史の初期 から大量に行われていたと考えざるを得ない。)

 もし、何らかの理由で鉄イオン供給の低下が107年程度継続することがあれ ば、海洋の酸素過剰の状況がつくられ、大気に遊離酸素が大量放出される事態 が予想される。22億年前頃の急速な大気中の酸素分圧上昇(Holland,1994)は、 この“見えない”縞状鉄鉱の沈み込みによる表層からの酸素除去システムを想 定することでも説明可能である。供給低下の原因としては、超大陸形成による 沈み込みの停止−海嶺系の活動低下などが候補に挙げられる。

(これは例のひとつで、実際には気候変動−氷床形成など、可能性はいろいろある。)

98/04/25 萩谷 宏(KGH06345)


【補足】

 地球史的に見て、酸素の生産はほとんどが生物の光合成によるものと考えられ、

 6CO2 + 6H2O → C6H12O6 + 6O2 (注:マスバランスの問題なので簡略化しています。)

 ですから、有機炭素1モルに対して、1モルの酸素が放出されたと考えられ ます。放出された酸素は、有機物の分解や、鉄イオンの酸化→縞状鉄鉱の形成、 硫黄の酸化などで消費され、大気中に現在ある酸素は、生産された酸素のごく 一部だと考えられます。問題は、有機炭素に対する酸素の量が、酸化鉄や硫黄 を考えても足りない、という秋山(1984)などの指摘です。

 今回の僕の話は、この失われた酸素の問題が簡単に説明できる、ということ が売りです。つまり、縞状鉄鉱の生産の推定が不十分だったのではないか、沈 み込んだ分を考えなくてはいけませんよ、ということです。考えてみれば当た り前のことで、地殻の中に挟まれて残った縞状鉄鉱だけで、酸素の消費を議論 することには、海洋底のほとんどがマントル内に戻る今の地球を基準にすれば、 ずいぶん無理があります。

 縞状鉄鉱の便利な点は、結びついた酸素を放出しにくいという点にもありま す。硫黄や二酸化炭素は、揮発性物質ですから、島弧火成活動で表層や大気に 短時間で戻ってしまいますが、酸化鉄は安定ですから戻らない。ほぼ一方通行 です。これが物質循環を考える上では重要だと思います。

 そんな昔から沈み込みがあったのか、という問題も指摘されそうですが、 現在提出されているどのテクトニクスモデルも、海洋地殻のマントル内への リサイクルを前提としていることでは共通です。イスアの地層が変成帯をつくって いることも、沈み込みの間接的な証拠として見ることができます。
 いったんマントル内に沈み込みで持ち込まれた縞状鉄鉱は、密度が大きいの で、地表に浮き上がってこないわけです。それで、一方的な除去になる。

 そういうわけで、怪しい話と見られそうですが、当人はごくごく当たり前の ことを言っているつもりです。見積もりの数字の根拠がミソで、これまで注目 されていなかった、各地質体の柱状図を利用します。


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1998.5.23 H.Hagiya