花崗岩問題の本質とは

(かなり端折った説明ですみませんが)

花崗岩問題の本質とは

 花崗岩問題とは、花崗岩をつくったマグマが何からどのようにして生成 されたか、という問題ですが、歴史的にみて、いくつかの説明困難な事象 がありました。

 ひとつには、花崗岩をつくるシリカ(SiO2)の多いマグマが、どのよう にして形成されるか、という問題です。20世紀初頭より始まる実験岩石学 の成果は、マントル内で生じる、かんらん岩の通常の部分溶融による初生 マグマは玄武岩質である、ということを明らかにしてきました。この玄武 岩質マグマはソレアイト質のものですが、地殻内で結晶分化を起こしたと きに、シリカの多い岩石(グラノファイアー)を、最終生成物としてつく りだすことがわかっていましたが、その量はマグマ全体の1%以下にすぎな いことがスケアガード貫入岩体などの例で明らかになっていました。つま り、地球上に存在する大量の花崗岩を生み出すには、その100倍以上の玄武 岩質マグマがなくてはならない。ところが、造山帯で花崗岩に伴う玄武岩 質マグマはごく少量で、花崗岩はバソリスと呼ばれる巨大な貫入岩体をつ くっている。どうみても量比があわない、という問題がありました。

 この場合、出発物質がかんらん岩である、という前提を疑うか、結晶分 化のパターンがソレアイトと同じプロセスである、という仮定を疑うか、 ということになります。前者については、捕獲岩の情報の蓄積と、地震波 の異方性の問題から、上部マントルがかんらん岩を主としていることは疑 いようのない事実と考えられました。また、後者については、ソレアイト と異なる(シリカの多くなる)分化パターンの、カルクアルカリ系列の火 山岩の存在がヒントになるものと考えられました。ただし、それはカルク アルカリ系列のマグマがどのようにしてできるか、という次の問題を解決 しないと議論にならないことでもあります。また、カルクアルカリ系列の マグマでも、玄武岩質マグマから花崗岩の組成までシリカを増やすには、 かなり困難があることは同じでした。

 造山帯の花崗岩の問題は、放射年代測定法と同位体岩石学が発達したこ とによって、新たな側面を持つようになりました。年代に関しては、ある 造山帯に出現する花崗岩類の放射年代が、いろいろな岩体について良く揃 っていることが問題なのです。つまり、カルクアルカリにせよ、ソレアイ トにせよ、結晶分化で玄武岩質マグマから花崗岩のようなシリカの多いマ グマをつくるには、100倍でも10倍でもいいのですが、地上で見ている造山 帯の中軸部に存在する膨大な花崗岩の、さらに1,2桁多いマグマを必要 とするのです。それは花崗岩の年代幅に相当する時間で供給するのはかな り困難なことです。
 もうひとつは、花崗岩体のSr同位体比初生値の問題です。造山帯には堆 積岩が融解して花崗岩化する、ミグマタイトと呼ばれる岩石がありますの で、堆積岩起源の花崗岩がかなりあるとすれば、それは説明に好都合です。 しかし、Rb-Sr系を用いたマグマの起源の検討からは、造山帯の花崗岩の大 半は、堆積岩のようなRbに富む岩石から形成されたのではなく、Rbの少な い、マントルのかんらん岩のような岩石を起源とするものと推定されまし た。

 そうなると、やはり花崗岩の起源については、うまく説明できないこと になります。ただ、同位体比の検討からは、花崗岩をつくるマグマが、マ ントルのSr同位体比進化線の上に乗るのではなく、若干、Rbに富む側にず れるということが言えます。これは、花崗岩のマグマが形成され、上昇す る際に、周囲の堆積岩を少量溶かし込む可能性があるので、その効果を差 し引く必要もあり、あまり注目されませんでした。

 歴史的に見て、解決の糸口は、まず初生マグマが玄武岩質のものだけで はなく、よりシリカの多い、安山岩質の初生マグマがあり得る、という実 験岩石学の成果からもたらされました。マントルのかんらん岩に水を加え た条件で部分融解させると、島弧の高Mg安山岩に似た組成のマグマが生じ ることが証明され、もしこれを結晶分化の起点とするなら、玄武岩(ソレ アイト)を起点とするよりもはるかに容易に花崗岩をつくれることが示さ れました。このころ、プレートテクトニクスが確立し、古い海洋地殻が海 溝を通って地球内部に戻っていくことが明らかになりましたので、海洋地 殻と共に含水鉱物として水が地球内部に持ち込まれ、マントルのかんらん 岩の部分融解に関与しうることが想像されました。このことは、後にBeの 短寿命核種(宇宙線起源)が島弧火山岩から検出されて、海洋底堆積物の 沈み込みが証明されたことからも、ほぼ疑いのない事実と考えられます。 花崗岩が大量に生産された場である造山帯は、過去の大陸地殻同士の衝突 の場であると理解されるようになり、そうなると、大陸を乗せたプレート の片方がもう片方の下に沈み込んでいったことが想像されます。つまり、 マントル内に水を持ち込むのが造山帯では普通にあり得るわけで、そのよ うな条件でかんらん岩の部分融解が起きれば、安山岩質の初生マグマが生 じ、そこから比較的簡単に花崗岩をつくることができる、と考えられます。

 しかし、それだけではまだ説明したことにはならないかもしれません。 初生マグマが安山岩質だったとしても、やはり花崗岩の組成には、シリカ が足りないのです。結晶分化で、花崗岩の1〜数倍の量のはんれい岩を生 産する必要があります。それに、水を加えた高圧実験で得られた安山岩質 マグマは、ボニナイトやサヌカイトと呼ばれる高Mg安山岩という特殊なも のに似た組成でしたが、造山帯で同時期に形成された玄武岩質マグマ由来 の岩石、はんれい岩類や、通常の安山岩質岩石(ひん岩など)の存在を説明できません。 言い方を変えれば、結晶分化を起こさずに上昇して噴出した高Mg安山岩質マグマや、 分化途中で固結した花崗岩まで達していない、中間的な岩石が見られないのです。

 花崗岩問題に関する最後の状況証拠は、島弧火山岩のマグマ混合の事実 と、海嶺沈み込みとそれに伴う海洋地殻の融解という、2つの方向から得 られたと思われます。
 島弧の安山岩質マグマの成因として、玄武岩質マグマと、デイサイト質 マグマ(通常の安山岩よりシリカが多い)の混合が重要であることが70年 代後半に明らかになりました。玄武岩質マグマは、マントルから直接もた らされるとして、デイサイト質マグマはどうやって生じているのか。それ は、先に下部地殻で固結した玄武岩質マグマ(はんれい岩)が、あらたな 玄武岩質マグマの上昇によって再融解し、生じたものであると推定されま した。つまり、はんれい岩を主とする下部地殻の融解により、デイサイト 質マグマが生じうる、そして、それが大量に起これば、花崗岩の大量生産 が一時に起こしうる、ということが理解されるようになったのです。
 もうひとつは、海嶺沈み込みの問題です。海嶺が海溝から地球内部に沈 み込む場において、あるいは、形成されて間もない海洋地殻が海溝から沈 み込む場において、陸側に特異な安山岩質の火山岩(アダカイト)がある ことが知られていましたが、この原因が、沈み込んだ海洋地殻が、若くて 冷え切っておらず、通常のプレートよりも温度が高いために、マントル内 で再融解して、マグマを生じている、この場合も起源物質がマントルのか んらん岩ではなく、海洋地殻の玄武岩〜はんれい岩であるために、シリカ の多い一種の安山岩が生じている、ということが明らかになったのです。
 花崗岩が一度に、地質学的にはほとんど一瞬の短い期間に、大量に生産 されるプロセスは、海嶺の沈み込みといったイベントでも説明しうること が明らかになりました。熱源も、シリカの多いマグマをつくる材料の玄武 岩質岩石も、両方を海嶺の沈み込みは供給できることになります。  環太平洋地域の中生代〜第三紀の花崗岩形成については、その時代の (古)太平洋からの海嶺の沈み込みで、多くが説明されるようになってい ます。

 そうしてみると、花崗岩を形成するもとは、マントルのかんらん岩その ものではなく、いったんマントルのかんらん岩の部分融解で生じた玄武岩 〜はんれい岩であり、それらが、海洋地殻あるいは大陸下部地殻として蓄 積され、それがイベント的な熱の供給−海嶺の沈み込みや、大陸衝突によ る一方の大陸地殻の深部持ち込み・加熱−によって部分融解をおこして、 安山岩質〜デイサイト質マグマを一気に大量に生じ、密度差から上昇して 上部地殻に貫入し花崗岩の大岩体をつくるのだ、ということになります。
 先に述べた、Sr同位体初生比のマントル進化線からのわずかなずれも、 これで説明できます。玄武岩質岩石では、RbがSrに比べてあまり増加して いないので、マントルから分離して短期間であれば、同位体比はそれほど 影響を受けないということです。逆に言えば、マントルそのものから直接 マグマを生じていないから、マントル進化線よりも若干ずれるのだという ことになります。これは、島弧の安山岩質マグマの起源の問題でも、同じ ことが言われています。

(時間がなくて、きちんと資料に当たって書いていないので、思い違いが あったら申しわけありません。それぞれの分野で主要な業績を上げた人名 も紹介を省きました。わかっていないことも多いのですが、とりあえず、 歴史的な流れを加味して、このくらいの説明でどうかな、というところです。)

 

 2007.1.5

 萩谷 宏



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