大気汚染の起源を鉛同位体で調べられるのはどうしてか、という質問から、同位体比の不均質について。


 同位体組成に地域差が出る原因ですが、一般には

1)元素の存在度の地域差と放射性核種の壊変の結果

2)蒸発などの過程での質量分別効果の結果

3)生物による同位体分別

 を考えればいいのではないかと思います。

 この場合は鉛の同位体比ですが、質量数208の鉛はトリウム232を起源とし、 207はウラン235、206はウラン238を起源と考えて良いわけです。そこで、これ らの元素の分布の違いや、地殻形成の年代の違いによって、鉱床の鉛同位体比 も地域差が出てきます。(鉱床の鉛同位体比は、その場所の地殻の鉛同位体比 を代表し、地殻の鉛同位体比はマントル由来の鉛同位体比+地殻でのU,Thの放 射壊変起源の鉛、と考えられます)

 206に対する207、208の比が大きいということは、親元素のウランとトリウム を比較したときに、ウラン起源の鉛の寄与が大きいということですね。ひとつ の解釈は、地殻の組成的な進化(花崗岩の割合の増大)が進むほど、U/Th比が 大きくなる傾向がありますので、スリランカの方がより分化した地殻の化学組 成を持っていて、そこでつくられた鉛が鉱床として濃集し、利用されていると いう考えです。

 もう一つは年代効果で、ウランの235は半減期約7億年、238は約45億年なのに 対して、トリウム232は半減期約140億年です。仮に全く同じU,Th存在比を持っ ていたとしても、古い時代に形成された地殻は、ウラン起源の鉛が増加し、鉛 同位体比に影響を与えていることが考えられます。

 たぶん、両方の効果があると思うのですが、中国南部では地質の上ではいろ いろありすぎて特定できません。スリランカは確かに古い地殻(25億年以上?) でできていますので、年代効果はいえそうです。

*鉱床鉛の同位体比進化線と、鉄隕石の鉛同位体比から、地球の年齢を求める 研究は歴史的に有名です。地球の年齢45(46)億年という年代はこの方法によっ て初めて得られました。

2)は安定同位体地球化学の問題ですが、海水のD/H比や酸素16,18の比率(δ 18O)は、氷河期に大きく変化していることとか、内陸で降る雨や雪ほど、軽 い同位体が多くなっている、などの事実が有名です。

3)では、光合成生物がつくる有機物の炭素12/13の比率が、13が少なくなる (標準物質に対し、平均30パーミルくらい)ことがよく知られていて、生物源 の炭素か、無機起源(例えば火山ガス)か、を区別するのに利用できます。生 物の同位体分別のしくみ、過程は、僕はよく理解していないのですが。

 最近では、32億年前の地層の硫化鉄に、硫酸還元バクテリアの活動が同位体 比のスプリットとしてみられて、その時代にすでに海水中に硫酸イオンがある くらい、酸化的な環境だったのではないか、という説が出されたりしています。 (東北大・大本氏)

 クリプトン、キセノンなどの希ガスの原子量の桁が少ない問題ですが、場所による差もありますし、存在度が低 いこともあると思います。大気中の希ガスの同位体比と、マントル内の同位体 比が異なるのは普通ですが、原子量と言うときにどの値をどのように採用して いるかは、僕は知りません。

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なお、同位体比の違いの原因として、例外的には

4)恒星内部や超新星爆発での元素合成過程の違い、

5)宇宙線起源核種の寄与

のような原因もあり、これは炭素質コンドライトの包有物(4)など、隕石で問題になる場合があります。

参考書
岩波講座・地球科学6「地球年代学」
講談社「地球化学」(松尾禎士監修)

 (萩谷 宏:niftyserve fchemt mes2【教育】#1581(1997/7/20)より。一部改変。)


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