藍晶石 kyanite



藍晶石 − ブラジル・ミナスゼライス州産

Al2SiO5鉱物の3相 …変成作用の温度圧力条件の指示物

 藍晶石は、紅柱石・珪線石とは、同じ化学組成を持ち、結晶構造が異なる、同質異像(多形)の関係にあります。
 これらは岩石の化学組成でAl2O3の割合の多い変成岩に出現する鉱物ですが、安定な温度圧力条件に違いがあります。

 藍晶石を含む黒雲母片麻岩。福島県いわき市。竹貫変成岩に分類されているが、分布が離れていて正確な所属は不明。肉眼的なサイズの藍晶石は阿武隈帯でも珍しい。

 拡大。3方向の劈開(へきかい=割れやすい方向)が特徴。劈開面で日光を反射しきらっと光る。後期の変成作用+貫入花崗岩体による加熱で、高温・低圧条件で再反応しつつある状態をとどめている。藍晶石残晶の周囲は分解生成物の白雲母などで取り巻かれている。

国内の藍晶石について

 変成岩の温度圧力条件の指示物として、高校の教科書でもAl2SiO5鉱物の多形 は紹介されます。同じ化学組成で温度と圧力の条件の違いにより、紅柱石−珪 線石−藍晶石の3相のいずれかが出現する、ということです。

 日本では、紅柱石、珪線石はホルンフェルスなどに比較的頻繁に見られます が、藍晶石はきわめて限られたところにしか出現しません。肉眼的な大きさで 出現するのは、僕の知る限り、別子(鹿森ダム南側)、宇奈月、日立(常陸太 田市長谷)、そして竹貫変成岩だけです。宇奈月は確認していませんが、 薄片では十字石とともに数ミリの結晶が見られますので、探せば出ると思いま す。
 日本には低温高圧の変成帯があちこちにあるのに、藍晶石が少ない理由は、 変成岩の原岩の化学組成にあります。大陸のように、ラテライト−ボーキサイ ト質の風化土壌や、それが流されてきた泥があれば、アルミの過剰な状態がで きて、藍晶石が出やすくなるのですが、それがなかなかない。
 過去の気候条件も問題になるのですが、化石などから見て中・古生層は一般 に温暖な条件を考えていいと思いますので、とりあえず考えなくていいだろう。 そうすると、ひとつには、日本に出てくる変成岩の形成場が、変動の激しい大 陸縁辺部であったために、ゆっくり風化されている余裕がなくて、アルミの過 剰な堆積物ができにくかったという解釈もできます。
 あるいは、海溝充填物のようなものは、そのような浸食の激しいところから 来ると考えるのも正しいかもしれません。現在でも、南海トラフの底には富士 川から運ばれてきた砂礫が露出していたりするそうですし。そう考えると、ほ ぼ同時代の領家帯のホルンフェルスにはがんがん紅柱石・珪線石が出るのに、 なぜ三波川帯の変成岩には藍晶石が出ないのだ、という疑問に答えることがで きるかもしれません。

 三波川帯で唯一知られている藍晶石の産地は、新居浜の南にありますが、こ こは三波川帯の変成岩というより、それに取り込まれた、はんれい岩を主体と する東平岩体の一部です。三波川変成岩のもとを乗せて沈み込んだ海洋地殻の 下部を構成していたもの、といっていいのか、ちょっと定かではないのですが、 現在では全体が、三波川帯の一般的な変成度よりも高い温度圧力条件を示す、 変成岩になっています。その中に、斜長石に富む部分があったようで、数枚の 藍晶石−ゾイサイト−白雲母−角閃片岩が見られます。
 斜長石は曹長石NaAlSi3O8−灰長石CaAl2Si2O8の固溶体ですが、灰長石成分に 富む斜長石が集積すると(→斜長岩)、場合によってはSiO2:40%に対して、 CaO:20%、Al2O3:30%などという、とんでもない組成の岩石ができます。これが 変成作用を受ければ、確かにアルミが過剰な状況ができるでしょう。

 余談ですが、この藍晶石の産地の東側の延長方向、別子山村に入ったところ で、コランダムというか、ルビーの入った転石が出た、という伝説があります。 この岩体の、本来灰長石に富んでいた部分の延長だとすると、それもありうる かな、と思っていますが、とんでもなく険しい山なので、走向方向に尾根を越 えて追いかけるなどと言う芸当は考えない方がいいと思います。

 さて、阿武隈の藍晶石ですが、長谷では泥質岩起源の黒雲母片麻岩に伴って、 ある層準にスポット状に出現します。面白いことに同層準のもの(母岩)は、 1kmほど離れた場所でも、寸分違わぬ化学組成を示します。また、男犬平でも黒 雲母片麻岩に伴います。これらは地表での風化・溶脱が進行して成熟した泥が 流れ込んでたまったもの、と解釈できます。
 しかし、阿武隈帯は都城氏の研究で有名な、高温・低圧の変成条件でできた と思われる変成帯です。(→「変成岩と変成帯」岩波)そこに藍晶石が出ると はどういうことだ、という議論がわき起こりました。長谷を含む日立地域に関 しては、Al2SiO5の3重点の近くを通る温度圧力条件の経路をたどった、という 解釈(Tagiri,1971)でほぼ落ち着きました。男犬平を含む竹貫変成岩について は、一時は先カンブリア代?の低温高圧変成岩が、中生代にもう一度変成を受 けたのではないか、という複変成作用が強く主張されたのですが、最近は一回 の変成作用で説明可能、という考え(広井ほか、1989など)が主流のようです。


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