1960年代に発展し、80年代にはほぼ完成した、プレートテクトニクス
の考えは、固体地球表層の過去数億年にわたる動きを説明し、また、地震や火
山といった現象を含めて、地球科学的な現象を統一的に説明する体系として、
広く認められている。
しかし、詳しく見ると未解決の問題が残っていた。プレートの生成、沈み込
みは、広い意味でのマントル対流のあらわれと見ることができるが、上部マン
トルのみでプレートが循環しているのか(2層対流)、それとも下部マントル
をも巻き込んだ運動なのか(1層対流)、という問題があった。
プレートの駆動メカニズムも問題が残っており、上田・フォーサイスの提唱
した、沈み込むプレート上面の海洋地殻岩石のエクロジャイト化による密度増
大が、主なプレートの駆動力であるという認識は広く受け入れられていたが、
では沈み込み帯を持たない、大西洋やインド洋の大半でのプレート運動をどう
説明するか、あるいは中生代のパンゲア分裂の駆動をどのように説明するのか、
など、通常のプレートテクトニクスの体系では説明困難な事柄が残っていた。
火山島(ホットスポット)の火山岩から、上部マントル(でできたマグマ)
の組成を見ると、過去の沈み込んだ大陸地殻物質や、核の影響を示すと見られ
るものがあり、地域的な不均一が存在することも知られていた。(Zindler &
Hart(1986) "Chemical geodynamics"など)
いくつかの古い大陸の下に、地震波速度の速い、”冷たくて固い”領域があ
ることも知られていて、テクトスフェアと呼ばれるようになった。*1 端的な証拠
はダイヤモンドを含むキンバーライトの存在で、これは通常の(海洋地域の)
マントル領域の地温勾配では説明がつかない。それよりかなり低温でなくては
ダイヤモンドではなく石墨になってしまう。しかも、ダイヤモンドの年代を間
接的に測定すると30億年以上の古さのものがあり、その低温状態が長期間続
いていたことが示された。化学組成的にも大陸下マントルは通常と異なること
が指摘されていて、これは、均質なマントルの対流を前提とした、プレートテ
クトニクスの限界を示すものとも言える。
その他、日本海のような縁海(背弧海盆)の形成メカニズムも未解決の課題
であった。*2(たぶん現在も。)
*ホットプリュームの認識の背景
火山島の分布、組成異常などから、南太平洋に「ホットスポット」ではなく
「ホットリージョン」の存在を都城が提唱したのは80年代中頃であり、また
大西洋の開裂に際してマントルからのプリューム(上昇流)の存在を論じた、
White & McKenzie(1989?)、あるいは原生代の岩脈群や、始生代のグリーンスト
ン帯の成因を、大規模なマントルプリュームに求める考え方が根強く存在して
いた。
*コールドプリュームの認識の背景
造山運動という概念は、衝突・付加テクトニクスによって、80年代にほぼ
置き換えられたが、やはり80年代中頃には各大陸で大陸地殻成長のあらまし
が理解されるに至った。地域地質学、年代学のデータの蓄積と、Nd同位体地質
学からマントルからの地殻物質の分離年代が求められたことで、原生代前半ま
での大陸地殻成長が量的に重要で、その後はそれほどの増加はなく、大陸の分
裂、島弧の形成、それらの合体集合という図式で、成長史の基本骨格がとらえ
られた。北米においてはP.Hoffmanの"United Plate of America"が、またアジ
アの発達史は丸山らの「複合大陸塊」という言葉が代表する、合体集合の認識
が支持された。
大陸が集合するメカニズムはなにか、その必然性は、という問題意識は、こ
れらの研究から導かれている部分があるだろう。
*高圧実験
ANUのリングウッドら(入船、他)は、地殻物質が上部マントル〜下部マ
ントルの深度に持ち込まれたときの相変化を、実験的に追求し、そのデータか
ら、沈み込んだ海洋地殻物質が上部・下部マントル境界部に滞留して、蓄積さ
れるというモデルを提唱した。(1989?)
ダイヤモンドの包有物の中に、深さ300km以上の圧力を示す鉱物の残存物が見
つかったことなどは、この仮説を裏付けるものと解釈された。
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*1これに関連して、高校の教科書では、リソスフェアの下に低速度層(アセノ
スフェア)があるのはあたりまえのような書き方をしていますが、実際は大陸
地域などでは低速度層を欠いている場合があって、それがテクトスフェアに相
当すると考えて良いようです。
アセノスフェアがないと、そのプレートは動けなくて、根を張ってしまいま
すから、例えば大陸移動の説明が困難になりますね。
*2縁海の成因について、やはりマントルプリュームの上昇イベントを想定した
モデルが出されていたことも、書き加えなくてはいけませんね。例えば、日本
海について、同位体のデータに基づいて、能田らの提出したasthenospheric
injectionモデルがあります。このあたりいくつか研究があって、再評価が難し
いのと、日本以外の研究についてはほとんどチェックしていないので、書きに
くいです。
(萩谷 宏:niftyserve fkyoikus mes5【理科の部屋】 #22055,#22118(1997/6/10)より。)