石ころの地球科学(2)

石の話:縞状鉄鉱

 

鉄道、鉄筋コンクリート、自動車、船舶・・・現代文明は鉄で支えられていますが、その鉄の原料となる鉄鉱石は、大半が20億年よりも昔の海に堆積した、鉄鉱物とチャート(SiO2)が交互に積み重なった、縞状鉄鉱の地層です。オーストラリアのハマースレイ地域は、日本が輸入する鉄鉱石の約半分を生産している地域ですが、ここも約25億年前の海に堆積した厚さ2kmの地層のうち、合計300mの厚みが縞状鉄鉱層で占められています。堆積した地層は水平方向に数十〜数百kmも連続し、莫大な鉄鉱石埋蔵量を誇っています。

 縞状鉄鉱の鉄鉱物は、磁鉄鉱(Fe3O4)や赤鉄鉱(Fe2O3)がほとんどです。いずれも3価の鉄イオン(Fe3+)を含むことが特徴で、水酸化鉄(III)の沈澱がもとになって、酸化鉄であるこれらの鉄鉱物が生じたと考えられます。鉄は、酸化数+2のイオンFe2+では水にかなり溶けますが、+3のイオンFe3+では、ほとんど水に溶けません。ですから、縞状鉄鉱の形成には、鉄イオンの+2から+3への酸化が本質的に重要です。(チャートの部分は、主に陸上の岩石が風化して、溶けて運ばれた石英分がゆっくり沈澱したものと考えられます。)

1987年に放送されたNHK特集「地球大紀行」では、酸素を出す不思議な石:ストロマトライトとともに、ハマースレイ地域の鉄鉱石が紹介されました。太古の生物が光合成で酸素を吐き出し、その酸素が海中に溶けていた鉄イオン(Fe2+)を酸化して、縞状鉄鉱の鉄鉱物をつくった。そして海水中の鉄が全て酸化されると、余った酸素が大気中に蓄積され、酸素の多い地球の大気がうまれた、というストーリーは、この番組のおかげでよく知られていることと思います。

実際には、話はそう単純ではなく、たしかに生物が光合成で放出した酸素が縞状鉄鉱層の形成に大きく関わっているのですが、地球史を通してみると、約38億年前から16億年前まで、およそ20億年にわたって継続して縞状鉄鉱が海底につくられています。ですから、光合成によって酸素が多くなった海水と、酸素の少ない鉄イオンを含む海水の両方が、例えば浅海と深海に分かれた状態などで、長期にわたって海洋に存在していたと考えられます。決して、ある時期に集中して起きた「事件」ではありません。

また、現在の海水中には「にがり」の成分の一部でもある硫酸イオンが多く含まれていますが、このような海水中の硫黄の酸化も光合成によって供給された酸素の消費には重要で、量的に鉄イオンの酸化と同じくらいの影響を与えたと考えられています。

さて、縞状鉄鉱ができるためには、酸素が少ない大気・海洋の条件と、海中で鉄イオンを酸化するために酸素が供給される場所との、両方の条件がそろわないといけません。地球の大気や海洋に酸素が充分に存在するようになると、縞状鉄鉱は形成されなくなります。68億年前に、少量の縞状鉄鉱が形成される時期がありますが、その例外を除けば、地球の46億年の歴史後半・約20億年は、縞状鉄鉱が形成されないほど、酸素が大気や海洋にいきわたった時代なのだと理解できます。

 日本列島は5億年前よりも新しい地層や岩石でできていますので、縞状鉄鉱の地層は分布していません。例外として、蛇紋岩地帯のブロックとして縞状鉄鉱状の変成岩が見つかっていますが、その起源は不明です。

 

 地球上で最も古い海の地層の一つである、38億年前のグリーンランド・イスアの地層にも、縞状鉄鉱層がみられます。38億年前に生物がいたかどうか、さらにはシアノバクテリアのような酸素を放出する光合成生物がいたかどうかは、地層が変成を受けていて化石の証拠が残らず、わかっていません。この縞状鉄鉱層は磁鉄鉱を主としていて、1960年代には鉄鉱山としての開発が計画され、その調査の過程で、イスアの地層が約38億年前のものであることが発見されました。

 イスアの縞状鉄鉱は、重量で1%もの炭素を含む部分があることが知られています。化石はないのですが、この炭素については、生物起源の炭素である可能性があり、議論が続いています。もし生物起源の炭素であるなら、38億年前の海ではすでに生物が誕生していて、しかも何らかのかたちで縞状鉄鉱の形成に関与していた可能性があります。確たる証拠はありませんが、もしかすると38億年前に、酸素を放出する光合成を行う生物がすでに存在していて、海洋に広がっていたのかもしれません。

 初期の地球では、酸素を発生させる供給源として生物の光合成がないとすると、水が太陽光の紫外線により分解を起こし、水素分子と酸素分子になって、水素は軽いので地球の重力を振り切って逃げてしまい酸素が残る、という光分解の過程が考えられます。しかし、大気の上層で生じたそのような酸素が、どうやって縞状鉄鉱をつくるような海の中に供給されるのか、説明するのは難しいことです。もっとも考えやすいのは、酸素の供給源が海の中にあり、そこで発生した酸素が海水中の鉄イオンと結びついて沈澱した、ということです。

 そうして沈澱した水酸化鉄は、酸素の少ない底部の海水によって再度分解されてしまい、分解しきれなかったものだけが、地層として縞状鉄鉱をつくり、残るものと考えられます。ですから、実際に酸素と結びついて沈澱したであろう鉄イオンの量は、我々が縞状鉄鉱としてみるものよりもかなり多いと考えられます。いったい何がその酸素を供給したのでしょうか?

 イスアの縞状鉄鉱の存在は、初期地球の表層でおきた様々な事件が地球の岩石に記録されていることを示しています。いったい生物はいつ生まれて、どのように進化して、地球の大気や海洋を変えていったのか、全てはこれからの研究にかかっているといえるでしょう。

 

 

写真1:38億年前の縞状鉄鉱の標本。磁鉄鉱(黒い部分)と石英(白い部分)からなる。

写真2:南西グリーンランド・イスアの縞状鉄鉱の岩場。氷河の中に岩山が突出している。

写真3:縞状鉄鉱の地層の様子。上部は鉄鉱物の割合が少なく、チャートが主体になっている。

 

 

(萩谷 宏:武蔵工業大学知識工学部)