Sr同位体からみた海水組成

 放射年代測定法のひとつに、ルビジウム−ストロンチウム法というがあります。ルビジウム87がストロンチウム87に壊変するのですが、この結果、安定同位体であるストロンチウム86との比をとると、次第にその値(87Sr/86Sr)が上昇します。この値の上昇のしかたは、親元素のルビジウムがそこに多ければ速くなり、ルビジウムが少なければ遅くなります。すなわち、同じ時代ではルビジウムの多い領域で87Sr/86Sr比の値が大きくなる。

 地球の材料物質では、46億年前の時点でこの87Sr/86Sr比はだいたい0.7をちょっと切るくらい、0.699とか0.698とか、そのくらいであったと思います。現在の地球では、理想的な値では0.7045くらいになっているものと予想されます。この値の変化は思ったほど大きくないかもしれませんが、なにせRb87の半減期は488億年とか、べらぼうに大きい値なもので。(Sm-NdやRe-Osはもっと長いのですが)

 しかし、実際にはマグマにルビジウムが入りやすいことから、地殻を作る際にルビジウムの大半がそこに移動し、マントルにはルビジウムが少なくなっています。それで87Sr/86Sr比も場所によってずいぶん違う。古い大陸地殻で、ルビジウムが濃集しているところだと、この値は0.73とか0.76とか、むちゃくちゃに高い値を示す場合もあります。

 一方、中央海嶺で生産される海洋底の玄武岩は、ルビジウムをかなり失ったマントルから作られるために、0.7028とか、ひどく低い値を持つ場合が多いのですね。

 問題は、現在の海水の87Sr/86Sr比です。これは、地域によらず0.709くらいの値が得られます。この値は、Srイオンがすべて陸上からもたらされたと考えると、つじつまが合わない。海に流入する河川水のSr同位体比を測ると、これは流域の地質を反映して多少ばらつきますが、まあ0.710から0.720くらいになります。だから、海水の値が低すぎるのですね。それで、この値を下げる要因として、海嶺付近での熱水循環による低い87Sr/86Sr比をもつストロンチウムの供給を考えなくてはいけないわけです。

 これで面白いことのひとつは、海水のSr同位体組成は地質時代を通してみると一定ではなく、特に白亜紀から現在までは、0.7065-0.7088だったかな?そのくらいの幅で増加しているのです。この変化の曲線は地質学的にかなり良くわかっているので、逆に時代のわからない海水中でできた炭酸塩のSr同位体比を測って、その値をこの海水のSr同位体変化曲線に当てはめて時代を決める、なんてことができたりします。

 なぜこの値が白亜紀以降減少しているか、ですが、白亜紀は大陸分裂の最盛期で、従って海嶺付近での熱の供給−熱水変質も激しく、それでSr同位体比を下げていたのだろう、と推定されています。まあ、陸上の都合も多少はあるかもしれませんが。時代を追うごとに同位体比が上がるのは、熱水変質の寄与の割合が下がってきたのだろうというわけです。

Srは生物が石灰質の骨格を作る際に、Caの不純物として取り込んでしまうので、石灰岩ができる限り海水から除去されて行くわけです。一方で、海嶺付近や陸上から新しいストロンチウムが供給される。それで、海水中のSrは入れ替わっていき、同位体比が長い間に変化して行くわけですね。


読み物・資料集

index