最近、シアノバクテリアの出現は25-27億年前である、という考え方が広まっています。
そのころ酸素放出型の光合成が初めて開始された、という考えです。(「生命と地球の歴史」磯崎・丸山、岩波新書など。)
しかし、僕自身は、27億年前頃に、初めてシアノバクテリアが出現し繁栄した、という考え方に疑問を持っています。
どうしてかというと、38億年前のイスアの磁鉄鉱を主体とする縞状鉄鉱の堆積を、
無機的なプロセスで説明するのは難しいと考えるからです。
イスアだけでなく、南西グリーンランドのこの前後の時代の変成岩には、
縞状鉄鉱がほとんどかならず伴われていて、ごく局所的に堆積したものとは考えにくいのです。
逆に言えば、無機的に大量の縞状鉄鉱を生産するプロセスを説明できれば、
僕はいつでも27億年前に生物による酸素放出が始まったとする派に鞍替えする用意があるのですが、
いまのところよいアイデアがありません。
地質学的には、27億年前よりもずっと前から各地で縞状鉄鉱が形成されていることは事実で、 それが27億年前以降の縞状鉄鉱と大きく異なる、という証拠は特にないように思われます。
なぜチャートが鉄鉱物と互層するのか、縞模様の起源は、いまだに完全にはわかっていません。
縞状鉄鉱の成因には様々な視点からの議論がありますが、そのなかでも、 僕は「誰が鉄イオンを酸化したのか」ということが問題だと思います。 通常の温度条件では、遊離酸素がないと、非常に難しいと思います。 それをどうやって作るかがポイントです。
「生命と地球の共進化」川上紳一著、NHKブックスでは、炭酸塩で鉄が沈澱して、 それが珪化して縞状鉄鉱になるというようなアイデアを紹介していますが、 炭酸塩で沈澱するのは2価の鉄イオンですから、3価にはならない。 それでは鉄イオンを何がどこで酸化したのか、説明が必要です。 まして、有機炭素が共存するなら、それが還元剤として働くことは否定できません。
僕が調査したイスアに関していえば、縞状鉄鉱の変成度は低く、もし炭酸塩から変化したなら、
炭酸塩であった証拠を隠すような、いわば完全犯罪は難しいと考えられます。炭酸塩そのものが残っているか、
炭酸塩を置換した証拠が残っていておかしくない。しかし、それは観察されないのです。
堆積した最初の時からチャートと鉄鉱物だったと考えた方が素直だと思います。
実際、炭酸塩岩はイスアの地層の延長部では比較的豊富に見られます。
むしろ高変成度の部分で見られるので、議論としては逆の方がありがたいのです。
ストロマトライトの”迷信”もあるのではないかと思います。確実なストロマトライト化石の出現が、
生物による酸素生産の開始に対応するという潜在的な思いこみです。
ストロマトライト=酸素生産という図式は、誤りではないが、それが全体ではない。
地球史初期に酸素を生産したのはシアノバクテリアだろうと僕も考えますが、
ストロマトライトを構成するようなものよりも、
おそらくプランクトン的なものの方が重要ではないかと考えます。
面積比を考えれば、浅海域と海洋表層のどちらが効いてくるか、歴然としています。
地球史初期で大陸が充分に発達していなかったら、
プランクトン的な生活をするシアノバクテリアの方が重要になるでしょう。
縞状鉄鉱の意味するところは、酸素を生産し鉄イオンが酸化される表層水と、 還元的な深層水の2層構造の存在です。たぶん、これは間違いない。 そうすると何が酸素を生産するか、どのような場所で沈澱・堆積が進行するか、 ということが問題になります。量的には27億年前以前にも、酸素生産が無視できない。
還元的な深層水があったり、(生物源の)有機物が共存すれば、 いったん堆積した3価の鉄も、ある割合で還元されて2価になり、 一部は海水に戻ってしまうことが考えられます。 いま我々が見ている縞状鉄鉱は、そのようなプロセスを経て生き残ったもので、 3価の鉄/遊離酸素の全生産量から見れば、氷山の一角なのです。
*****
イスア及びピルバラで、メタン細菌起源の有機物が検出されていることが 上述の「生命と地球の共進化」で紹介されています。検出された炭素同位体の値が、 シアノバクテリアの生産する有機物の値とは異なるから、 当時はシアノバクテリアによる酸素放出型の光合成はなかった、という議論です。
メタン細菌は二酸化炭素と水素を材料にして、エネルギーを得て有機物を合成するタイプの生命ですが、 イスアなどの場合、広く分布する縞状鉄鉱(の変成岩)の中で有機炭素が見つかっているのが、 どうも納得できません。水素は熱水噴出口付近でなら供給されることはあるでしょうが、 延々と数十kmも連続する縞状鉄鉱があり、その中に有機炭素が出てくるとすると、 はたしてメタン細菌だけで有機炭素の起源を説明することが可能でしょうか。
有機物生産や縞状鉄鉱の形成を、すべて熱水系での出来事として解釈することも不可能ではありませんが、 それでも誰が大量の鉄イオンを酸化したのか、ということは大きな問題として残ります。 紫外線による光分解では量的に説明が難しく、またそれ以外に無機的な酸化の方法が考えつきません。
2000.6.7/2000.11.18/2001.4.28 萩谷 宏