原始の海は塩酸酸性の海水だったという考えはまちがい?

現在の地球の海の化学組成を何が決めているのか。

インプットは河川水と海底熱水変質、

アウトプットは海底熱水変質と蒸発岩、それに沈み込み域での低度変成作用

地表風化条件と、熱水変質の条件と規模、さらには沈み込みの場の条件を長期的にならして決めるのではないかと。もちろん、地表や海底の岩石の性質や風化条件としての大気組成の問題も複雑に絡んでくると思いますが。

 北野 康著「新版・水の科学」(NHKブックス)では、過去の海水組成の問題で、海洋底堆積物が海水組成をコントロールしていたとするクレイマーの研究を紹介しています。これについて、僕は賛成できないところがあります。

 要点をまとめると、海洋底堆積物が海水組成にそんなに効いているとは思えないのです。海洋底表層ではなく、海嶺付近での熱水循環によって、海洋地殻全体と海水がある温度幅での平衡(マクロな意味で)に達していると見るべきなんじゃないでしょうか。

 むしろ、海洋底堆積物は海水組成によってコントロールされた鉱物・化学組成をもっていると見るべきではないですか。ここで紹介されたクレイマーの結論は逆ですね。

 海洋地殻にはある種の熱水変質(海洋底変成作用)により、平均約1%の重量の水が含まれています。(マントルからの水はそのうちの1割か、それ以下です。)海洋地殻の厚みは平均5kmくらいですから、密度を3g/cm3、海洋の平均深度を4kmとおくと、海水の4%近くが海洋地殻に取り込まれていることになる。これはかなりの量です。当然、循環して出ていく水はこれよりも多いですから、かなりの水が海洋地殻岩石との反応に参加することになる。海水との相互作用は海洋地殻表層だけの問題ではないのです。

 海洋地殻の深いところでは角閃石なんかもこの熱水循環でできます。角閃石には塩化物イオンがかなり入るんじゃないかな。量的な見積もりをしてみないと、効いてるかどうかわからないですが。感覚的には、表層数十mの堆積物よりも物質交換は激しいはずですから、塩素もなんとかなりそうです。

(地球科学において、量的な認識はこういう議論に本質的に効いてきます。注意が必要なのですが。)

初期地球の海水組成の推定には、いろいろ難しい問題があります。ひとつ指摘しておきたいことは、海水が仮に塩酸だとしても、海水の入れ物は玄武岩質の岩石だと思われますので、これと中和反応が起きるでしょう。結果として非常に早い段階で中性(に近い状態)になってしまうだろうと思います。特に、初期地球の表面が高温だという考えから海水温も高いとすれば、当然反応は早くなります。

 塩酸酸性の海水が短時間なら存在しても構わないのです。僕の主張したいのは、海水と玄武岩の入れ物の表面反応で考えるよりも、熱水循環の効果があると、はるかに中和の反応速度は速いだろうということです。具体的には計算してみるしかありません。脱ガスの速度とか、表面の冷え方とか、いろいろ不確定の部分があって、桁で議論する程度以下のことしか言えないでしょうけど。

 そういう立場からすると、海は塩酸だった、というのは抵抗があります。

 現在の海水に対する寄与を、ストロンチウムの同位体で見ると、海嶺付近の熱水変質と、陸上の風化による流入とが、ほぼ半々で効いているようです。元素によってもちろん違いはあるはずですが。

 初期地球では、中和に要する陽イオンの供給という点で、熱水変質の寄与の割合がかなり大きいと思われます。地球の内部からの放熱量が大きいので、海洋底の生産やそれに伴う熱水変質が激しかっただろうということ、大陸が最初はあまりなかったという可能性の2点からです。


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