「日本の鉱物」展示解説 1996



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鉱物の色結晶鉱物の化学組成日本の鉱山

鉱物の色  (一部改訂)

 鉱物の色が何によってきまるかは難しい。 例えば宝石のルビーやサファイヤは、鉱物学上は同じコランダム という名前で分類される、酸化アルミニウムの結晶である。 コランダムは本来、色を持たない無色の鉱物であるが、ごく微量の不純物によって着色して、様々な色を示す。その中で美しいものを宝石としていて、その色に応じてルビーやサファイアと呼び慣わしているのである。

 鉱物は一般に有色鉱物、無色鉱物、不透明鉱物に分類される。しかし有色・無色という分類表現は便宜的・相対的なもので、日本の火山の溶岩に多くみられる角閃石や輝石といった有色鉱物も、 厚さ数十ミクロンにすり減らした薄片にするとかなり光を通すようになる。 また無色鉱物に分類されるものも、不純物があったり充分な厚みがあれば、コランダムのようにいろいろの程度に着色して見える場合がある。

 鉱物の色の原因は、遷移金属元素のイオンがその配位位置に基づいて特定の波長の光を吸収することから色が付いて見えているものが多い。 有色鉱物は、ほとんどが鉄・マグネシウムを様々の程度に含む固溶体であり、その鉄イオンが配位位置に応じた可視光吸収をおこすため、色がつくと考えられる。また、紫水晶 (アメジスト)の中には、水晶 の結晶中に格子欠陥があり、それが光の吸収の原因となって着色するものもある。この場合は、紫外線などのエネルギーの高い光や熱が格子欠陥を解消すると、容易に褪色してしまう。

 色は結晶構造によっても強く規制されるので、例えば同じクロムの混入によって、コランダム(ルビー)やスピネルは赤色になり、緑柱石 (エメラルド)は緑色になる。また、混入する物質の量によっても色は異なる場合がある。

 天然の鉱物の場合、無色鉱物の結晶が着色する原因となる不純物はあまりに微量なので、化学組成を調べても検出限界以下のことも多い。 そのような場合には化学組成の分析ではなく、鉱物を通した光がどの波長で吸収されるかを分析することで、着色の原因が推定できることもある。

結晶

 鉱物の持つ結晶の美しさは、鉱物内の原子配列の規則性による。 鉱物の種類によってその結晶のかたちは決まっていて、産地によってどの面が強く出るか多少の違いはあるが、出る場合の結晶の各面の位置関係・角度関係は規則性を持ち一定である。 (これはステノによる面角一定の法則、あるいはアウイによる有理指数の法則として知られている。)

 鉱物を鑑定するにはいろいろな方法がある。結晶面については、測角器を用いて結晶の単位格子の定数を調べることが行われた。 今世紀に入ってからは、X線を鉱物の単結晶に当てての回折(ラウエの斑点)によって、結晶格子(結晶内の原子配列)の定数の比を求めるようになった。粉末の回折法による分析も一般的である。 結晶の光学的性質による鑑定は、偏光顕微鏡の実用化により前世紀末に一応の完成を見た。これは記載鉱物学・記載岩石学の上での大きな進歩のきっかけとなった。

 鉱物の結晶構造は、鉱物のかたちに強く表れている。 六方晶系に属する緑柱石は、六角形を積み重ねた結晶構造をしているので、外形は六角柱状の結晶になっている。斜方晶系の紅柱石 は、同じ理由で四角柱状をとる。

 光が鉱物を通過する場合には、いろいろな現象が見られる。複屈折は鉱物内部で光の振動方向による速度の違いが生じる場合であり、このために光の屈折の量も異なる。方解石 の複屈折は有名で、方解石の下においた図形が2つにずれて見えるのは、これが原因である。 また、ダイヤモンドがきらきら光るのは、結晶構造が密なために光の速度が遅くなり、屈折率が大きく、上から入ってきた光を内部で反射して光るのと、光学的な分散が強く光の波長によって出てくる方向が異なるため(プリズムの原理)、赤や緑や青といったいろいろな色の光がカットした面のそれぞれから出てくるからである。

 また、鉱物の硬度と結晶構造には関係がある。ダイヤモンドは非常に硬いが、これはダイヤモンドをつくる炭素原子の結合が密で、非常に強い結合を持ったているため、こわれにくいからである。雲母類 はうすく剥げやすい性質(へき開)があるが、これも結晶構造の上で、原子の集まりが平たくなっていてある方向に原子間の距離が開いていることが原因である。

鉱物の化学組成

 鉱物の化学組成の測定は1960年代まで湿式分析が普通であり、この方法は手間と熟練が必要なために簡単に測定できるものではなかった。 しかし、1960年代後半からは、真空中で試料に電子線ビームを当てて、そこから発生する蛍光X線を測定して原子の存在比を知る装置(マイクロプローブ)の普及で、直径数ミクロンの微小領域の測定が可能になった。 近年は真空中でイオンビームを微小領域に照射して、蒸発した原子を質量分析計に導いて測定する、イオンプローブの方法が徐々に広まりつつある。こうした状況下で我々の鉱物に対するイメージも以前とは異なってきている。

 これらの値は同一種の鉱物であればすべて同じ筈であるが、実際には固溶体といって、結晶構造を変えずに二種類の成分がいろいろに混じりあっていたり、不純物が入っていたりして、産地ごとに鉱物には性格の違いがある。 これは鉱物の形態についても言えて、日本式双晶と呼ばれる、ほぼ直角に食い違った方向を持つ水晶(石英)の結晶が見られるのは、乙女鉱山などわずかな場所しか知られていない。 従って、産地の異なる鉱物標本はすべて収集する価値がある。 例えば、日本で長島乙吉により初めて報告・記載・命名された「苗木石」は、結晶構造から見るとジルコン の変種に過ぎないが、化学組成は他にない特殊なものである。

 古い鉱物標本が、研究の進展によって光が当てられ、あらたな地球科学的意義を見出されることもある。 一例として、レニウム−オスミウム年代測定法が確立した結果、輝水鉛鉱という鉱物がその材料として必要になり、すでに閉山した鉱山の標本が残されていたために、 それがこの測定法に基づく鉱床形成時期の研究に貢献した場合もある。

 鉱物標本に限らず、古いものは必ずしも過去のものではなく使い方によっては最先端の研究に貢献することができる。 戸棚の中に埋もれているだけではただの荷物・過去の遺物でしかない。そうした存在の価値をもっと理解し、活用の場を考えるべき時が来ているかも知れない。

日本の鉱山

 ここに展示した標本は、ほとんどが国内でかつて採掘(稼行)されていた鉱山や石切場などで産出した鉱物である。 古くは日本の存在が「黄金の国」として欧州に伝わったように、日本の鉱業は盛んであった。 奈良時代に初めて銅の産出が知られたころには、大陸からの人々とともに採掘や精錬・加工の技術が伝えられ、それが日本の鉱業の始まりであったと思われる。 中世以降は産業としての重要性も増した。戦国時代は国力の充実のために、諸大名が領内の金山開発に力を注いだ面もあり、日本の産金量は当時世界的に見てもかなりの水準だったと言われる。 また南蛮貿易の代金として銀が大量に流出した記録もある。

 維新後は富国強兵の政策に基づき、金属鉱業は政府が特に力を注ぐところであった。鉄鉱石の産出の少ない日本では、その代わりに銅の産出が多く、足尾・別子・日立などの銅山経営を政府が保護した面もある。 産出量の増大は、廃棄物処理や公害対策は後回しにされたこともあり、悲惨な鉱害問題をあちこちで引き起こした。一方で鉱石鉱物はもちろん採掘対象ではない鉱物も多く掘り出されたために、良好な鉱物標本も多数産出した。 有名なものでは、明治年間の四国・西条市の市ノ川鉱山の巨大な刀剣状の輝安鉱は、高価な標本としてほとんどが国外に流出したという。 また、戦前の山梨県の乙女鉱山からは水晶の巨大な日本式双晶が多く産出した。日本は“世界の鉱物の標本箱“と言われたこともある。

 第二次大戦後の高度経済成長に平行して、日本は全体として原材料輸入の貿易依存型の経済機構への転化が進んでいった。 人件費の高さや、日本の地質の複雑さに起因する経済性の低さなどの要因から、かつては戦後復興の担い手として基幹産業と位置づけられた石炭や非鉄金属の国内鉱業も、外国産資源に駆逐されてしまった。 いまや、日本で自給できる地下資源はセメント原料の石灰石など、ごくわずかであろう。

 教養学部自然科学博物館には、戦前から収集してきた各地の鉱物標本が保管されている。 国内の鉱業生産が活発だった頃には、採掘対象の鉱物の他にも、副産物として採掘対象ではない鉱物(脈石鉱物)も良好な標本が多数得られたが、それらのほとんどは現在では採取することができないものである。 これらの標本は近代日本のなりたちや戦後史を語ってくれるものでもある。


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