「日本の鉱物」展示解説 1996



その3  前に戻る  次に進む


ダイヤモンドダイヤモンドの生成条件生物起源のダイヤモンドダイヤモンドの材料大陸下のマントル

マントルからの手紙:ダイヤモンド

 ダイヤモンドはもともと砂礫層から見つかったものが宝石として加工されていて、19世紀にキンバーライトという特殊な火山岩からダイヤモンドが発見されるまで、その起源はわからなかった。 現在では各大陸のあちこちで見つかったキンバーライトから、ダイヤモンドが大規模に採掘されている。 キンバーライトをつくったマグマは、地殻で見られる通常のマグマに比べてSiO2が少なく、揮発成分(H2O,CO2)に富んだ、特殊なマグマである。 これは地下100〜300kmといったきわめて深い領域から、高速で上昇して噴出したものと思われる。 そのためにダイヤモンドをはじめ、噴出場所の直下にあったマントルの鉱物や岩石を粉々に砕いて、ほとんど熱的な影響を与えないまま、キンバーライトのマグマに混ぜて地表まで運んできている。 大陸地域のマントルの深いところの情報を直接的にもたらしてくれる、貴重な存在なのである。

 噴火の際のパイプ状の火道は地下深くまで残されている。ダイヤモンド鉱山は普通はこのキンバーライトのパイプを掘っている。

ダイヤモンドの生成条件

 ダイヤモンドは、高い圧力の加わるマントルの条件でつくられる鉱物であり、一般に深さ約120kmよりも深いところの高圧条件でつくられると推定されている。 圧力は高くても高温になると、結晶構造のゆるいセキボク(石墨)という鉱物に変化してしまう。 この境界は、マントル内の深さ120kmで1000度付近のところにあり、これより高温だと石墨に、低温だとダイヤモンドになる。 これは同じ深さの地球の平均的なマントルの温度に比べて、300度程度低い温度である。 ダイヤモンドが出てくるということは、大陸の下のマントルが冷たい証拠なのである。

 このようにダイヤモンドはそれ自体が、地球内部(マントル)の温度・圧力条件の指標となるが、それだけではない。 ダイヤモンドの内部には、これが結晶化したときに周囲にあった、ざくろ石(ガーネット)や輝石の小さな結晶が取り込まれて、包有物(incluion)として見られることがある。 ダイヤモンドは最も硬い鉱物なので、これらの鉱物を外界から遮断し、地下にあったときのそのままの状態で、地上まで届けてくれるのである。

 このようなダイヤモンドの包有鉱物の分析の結果、いろいろなことがわかってきた。 取り込まれたざくろ石の中には、その化学組成が地下300kmよりも深いところで安定なものが見つかり、 そのような深いところからもたらされたダイヤモンドやキンバーライトがあるらしいことがわかった。 これは現在我々が直接手にすることのできる地球内部物質の中で、最も深いところのものである。

 また、これら包有物の同位体測定により、ダイヤモンドのなかには20-30億年も前にできたものもあるらしいことがわかっている。 すなわち、その時代にダイヤモンドがつくられて、それ以降ダイヤモンドが分解するような温度にならない、冷えたままの状態がそこでは維持されていたと考えられる。 ダイヤモンドのできるような低温の大陸下のマントルと、それ以外の、例えば海洋プレートのマントルとは、20-30億年前から温度状態が異なっていたものらしい。

 まさに、ダイヤモンドはマントルからの手紙なのである。

生物の炭素がつくったダイヤモンド?

 ダイヤモンドの材料の炭素はどこから来たのだろうか。炭素には炭素12と炭素13の2つの安定同位体がある。 この比を測ると、炭素を含む物質が生物源のものであるか区別できる。光合成生物は選択的に「軽い」炭素12を大気中よりも多めに取り込むのである。 天然のダイヤモンドの炭素の同位体を測ると、大半はマントルの岩石(ペリドタイト=かんらん岩)の値と同じなのだが、炭素13の少ない、生物における値に近いものも見つかっている。 (ダイヤモンドをその包有物からペリドタイト型、エクロジャイト型の2つに分類する場合があるが、生物源の値に近い炭素同位体比を示すものは後者に限られる。)

 ひとつの可能性ではあるが、何億年も前の生物が光合成でつくった炭素のからだ(有機物)が、死骸として海底の泥に埋もれ、 プレートの沈み込みに伴ってマントルの深いところまで持ち込まれてダイヤモンドとして結晶し、 キンバーライトの火山の噴火によって地表に現れる、そんなドラマも考えられるのである。

 最近では特殊な変成岩の中からもダイヤモンドが発見されている。 エクロジャイトと呼ばれる岩石は、マントルの深さに相当する地下30〜50kmよりも深いところの高圧で安定な、輝石とざくろ石からなる変成岩であり、 主に海洋地殻をつくる玄武岩やはんれい岩からできたと考えられている。 マグマとして噴出するキンバーライトだけではなく、変成帯の中からもこのようなエクロジャイトや、エクロジャイトに相当する堆積岩を原岩とする片麻岩から微小なダイヤモンドが発見されている。

ダイヤモンドの材料

 単体の炭素を炭酸塩のような酸化状態から取り出すのは難しい。地殻・マントルの酸化還元状態が比較的酸化的な条件にあるので、二酸化炭素を還元するのには非常に大きなエネルギーが必要なのである。 一方、有機物の分解により炭素を取り出すのは、石炭の場合もそうであるが比較的簡単である。 異常な同位体組成を示すダイヤモンドの原料となった炭素は、何らかのかたちで有機物が分解してつくられたと考えるのが妥当であろう。

 海底の堆積物中には石墨が砕屑粒子として混じっていることも多い。これも有機物を起源として地層の中でつくられた石墨 が陸上に露出し、侵食されて運ばれたものであるとも考えられる。

 琥珀は樹液が固まったものが地層中で加熱され、変化したものだが、これも長い時間をかけて、プレートの動きによってマントルの深いところまで持ち込まれることがあれば、 琥珀の成分のうち水素や酸素が取り去られて炭素だけが残り、ダイヤモンドになりうるのかも知れない。人工合成のダイヤモンドでは、ピーナッツバターを材料にダイヤモンドをつくった例もある。

 隕石の中からも、結晶系がやや異なる(六方晶系)ダイヤモンドが微小な結晶として検出されている。

大陸下のマントルは古くて冷たくて固い

 ダイヤモンドの研究とともに、キンバーライトに伴われる、マントルのかんらん岩の捕獲岩(ノジュール)やダイヤモンド以外の捕獲結晶(大きな輝石 、かんらん石 、ざくろ石 などの分離した単結晶)の研究からも、大陸の地下のマントルのことがここ10年あまりの間によくわかってきた。 これらの結果は、いずれも大陸の下のマントルが組成的に一般の海洋地域とはやや異なり、違った進化の道筋をたどってきたことを示している。

 現在の古い大陸の下のマントルが、他の地域のマントルよりも固くて冷たいという事実が、地震波の速度分布を全地球的に計算した、地震波トモグラフィーの研究によっても明らかになった。 これで見ると、大陸の地下に他よりも地震波速度が2-3%速い領域が、幅1000km以上、上部マントルの深さ数100kmにわたって張りついているところがある。 そのようなところは、南アフリカなど、地表に25億年よりも古い地層や岩石が露出している場合が多い。

 ダイヤモンドの存在や、地震波から読みとれる、大陸の下に100-300kmもの厚みでへばりついている、 20〜30億年前から変化していない、古くて固くて冷たいこのようなマントルの領域を、テクトスフェアと呼ぶようになった。

 日本列島の地下のマントルは温度が高い部類に入るので、キンバーライトに伴うようなダイヤモンドの産出は期待できない。 唯一期待できるとすれば、超高圧変成岩に伴う微細なダイヤモンドであるが、これも日本の変成帯のタイプからいって望み薄である。

 しかし、現在日本近海の海溝から沈み込み続けているプレート上部の岩石や堆積物から、地下でダイヤモンドが作られる可能性は充分にある。 数億年の後にはマントルの温度が下がり、キンバーライトとともにそのようなダイヤモンドが噴出してくることがあるのかもしれない。


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